あお’SROOM

生きていくって大変だよね。日常の中から色んなことに気づいてちょっとずつ成長できたらいいな。
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祖母の想い

一昨日、叔母の家に遊びに行ってきました。
そこで祖母の意外な一面というかエピソードを聞きました。

祖母が40歳の時、祖父は42歳で心臓の病を患って亡くなりました。
その時叔母はまだヨチヨチ歩きで、その下にも生まれたばかりの子もいて、
私の父やら8人の子を抱えて祖母はどれだけ途方に暮れたことだろう。

祖父が亡くなったのは、8月でとても暑い日だったそうです。
同じ集落に住んでいた人達は、みな外で夕涼みをしていたんだって。
その時不思議なことが起こったそうなんです。
夕涼みをしていたみんなの目の前に急に火の玉が現れて
長い尾をなびかせながらみんなの前を通り過ぎ、祖父の家の周りを
ぐるぐると回って家の中に入っていったんだって。
祖父の体の具合が思わしくないと聞いていたみんなは、
それを見て祖父の死を悟ったのだそうです。

祖母が祖母の兄から「一足先に家に戻って片づけや準備をしなさい。」と
言われ急いで自宅に戻った時、一瞬違う家に入ってしまったか?と
思ったくらい綺麗に片付けられていたそうなんです。

それは、火の玉を見て祖父の死を悟ったみんなが
していてくれたことだったんです。
まだ若いのに、子供をたくさん抱えて不憫だと思って。
障子は綺麗に張り替えられ、家中ピカピカに磨き上げられ、
食器も用意され、足りないものはみなで持ち寄り・・・。

それを見て祖母は人の情けというものはこんなにも有難いものなのかと
涙が溢れ出て止まらなかったそうです。
そして、どうやって恩返しをしたらいいのだろう?と考えたんだって。

そしてそれ以来、祖母は同じ町で葬儀があった時には、
付き合いのない人であっても飛んで行って「お手伝いをさせてください」と
申し出でて、手伝いをすることをずっと続けていたのだそうです。

祖母は幼い頃学校へも行かせてもらえず、家の手伝いをさせられていて、
料理・裁縫の全てに長けていました。嫁ぎ先は旅館で、そこでも色々と
叩き込まれていたことがその時に役立ち、手伝い先で何でもこなす祖母の
評判が広まり、遠くからも呼ばれるようになり、それが生計を助けることに
なったというから人生ってほんとすごいよね。

私が小さい頃住んでいたところは、あまりご近所さんが仲良くはなく、
挨拶をしてもろくに返事も返って来ないような感じだったんだけど、
祖母は、お餅をついたりおはぎを作ったりした時は必ず隣の家に
お裾分けを持っていったんだよね。
ありがとうと言われる訳でもなく、喜んでいる様子もなく、
祖母はその度に、「ありがたい顔もしない。」と怒ってた^^;
なのに、決してお裾分けを止めることはしなかったんです。

私はそれが不思議でならなかったんだよね。
なんで怒りながらも有難がられなくても毎回毎回持って行くのだろう?と。
でも、叔母の話を聞いてそんな祖母の気持ちが理解出来たように思います。
ご近所を大切にするという祖母のポリシーがそこにあったんだね。
自分が受けた恩を返すことを決して止めなかった祖母。
例え感謝されなくても、その想いが揺らぐことはなかったんだ。

わが祖母ながらすごいなぁと思います。
深い深い感謝の想いを想いの中だけに留めずに行動とした祖母。
一人の人間としてとても尊敬します。

尊敬するだけじゃなくて、それを私も生かしていかなくちゃだよね^^;
出来るかなぁ?(>_<) きゃーっ!w

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【 2009/05/02 (Sat) 】 過去において | TB(0) | CM(8)

安心

先日の日曜日。
彼のお孫さんたちの運動会を観に行っていました。
保育園児たちって、走っても踊ってもほんとカワイイ♪
観ていた父兄の方達も、みんな思わず微笑んでしまう。
競技が始まってすぐくらいに、ポツポツと雨が落ちてきたのだけど、
すぐ止んで、その後は運動会日和になりました^^

お孫さんたちを応援しながら、我が子の時は・・・なんて
思い出したりしていました。

長男は何の問題もなく“o( ̄- ̄*) ゲンキゲンキ!! 有り余ってたw
二女は、これまた“o( ̄- ̄*) ゲンキゲンキ!! なんだけど、
誰に似たのか完ぺき主義で・・・(苦笑)
お遊戯の足の角度まで、きっちりとこなしていましたw

問題は長女・・・w
ちょっと遅れて会場に着いた時にはもうラジオ体操が始まっていた。
敷物やらお弁当やらの荷物を抱えて歩いて向かっていると
早くも大泣きしている子がいるじゃありませんか。
誰だぁ?しょっぱなから泣いてるヤツは~っ!

・・・うちの子やん・・・ヽ( ´ー`)ノフッw

そんなこんなで始まった運動会。
かけっこもお遊戯も玉入れも、走らず踊らず動かず・・・。
すべて泣き叫んだまま終えました・・・汗。

ものすごく人見知りの激しかった長女。
保育園でも壁の花状態で先生たちを困らせていました。
何とかなだめて席につけてもすぐにまた壁に逆戻りする始末。
今じゃ友達の多さと度胸の良さは半端じゃないってくらいですがw

秋になって今度はお遊戯会がありました。
総練習を観にいったのだけど、相変わらず泣いています^^;
(ー'`ー;)ウーン・・・困ったなぁ・・・どうしたらいいのかな・・・。
先生が言うには、保育園での練習はちゃんとやっているとのこと。
どうも舞台に上がると駄目らしい。

一旦休憩に入った長女が来たので、私は説得にかかった。
なだめたり励ましたり脅してみたり・・・w
「ちゃんと踊る」と約束して戻っていった長女だったけど、
やっぱりテコでも動かず・・・;;
本当は踊るのが好きなはず・・・どうすればみんなの前でも
踊れるようになるのかな・・・と途方に暮れました。

次に戻ってきた時には半ば諦め半分で、
「もうね、無理して踊らなくてもいいよ・・・^^」と言いました。
「ほんとに?踊らなくても帰らない?怒らない?」って言う長女。
「うん、怒らないし帰らないよ。ちゃんとここにいるよ^^ 大丈夫だよ♪」
と抱きしめると、長女の顔は、パーーーーッ!と明るくなりました。

そして元気に戻っていき、なんと!ちゃんと踊ったのです。
それもすっごい元気にすっごい楽しそうに。
もちろん本番でも誰よりも上手に(親ばかw)元気に踊りました♪

長女はプレッシャーを感じていたのかも知れません。
ちゃんと出来なかったらどうしよう・・・お母さんは怒って帰って
しまうかも知れない・・・という不安も抱えていたのかも知れません。

長女が欲しかったのは、褒め言葉でもなく、励ましでもなく、
こうするとこうなるよ・・・的な脅しでももちろんなく。
ただただ、”安心” だったのかも知れないね。

何が出来なくてもいい。あなたはあなたのままでいい。
それでも私はちゃんとここにいるよ。
心配しなくていいよ。ずっとここにいるからね・・・^^

こんな安心を私自身も未だに求めているのかも知れません^^;

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【 2008/09/18 (Thu) 】 過去において | TB(0) | CM(16)

小さな命の重み

今はすっかり大きくなり成人している3人の子供たち。
そんな子達にも小さな頃はあったわけで・・・w
先日のシエラさんのところの記事を読んでいて
あぁ、こんなこともあったなぁ、あんなこともあったなぁ・・・なんて
ついつい追想に耽ってしまいました。

娘達が小学校も高学年の頃、二人でハムスターを飼いたいと
言い出したので、ちゃんと世話をするという約束の元に
二匹のハムスターを買ってあげた。
最初は居間で飼っていたのだけど、そのうちに自分たちの部屋で
飼いたいと言い出したので任せてみた。

最初はかいがいしく世話をしていたと思うのだけど、
思う・・・というのは、私は一切ハムスターの世話には関知しなかったから。
でもある時、娘達二人が私の部屋に泣きながら入ってきた。

「ハムスターが死んじゃった(;-;)」

子供たちが泣きながら話してくれたところによると、
この頃世話をせずに放っていたということらしい。
ハムスターは痩せこけて、骨がいびつになっているという
とても可哀想な状態で死んでいた。

どんなに小さくても命は命。
その命をあなた達は預かっていたんだよ。
ハムスターたちにちゃんと謝った?
ちゃんと謝って、このことを絶対に忘れないようにしなさい。
そして二度とこういうことにならないように誓いなさい。
あなた達が心から謝って、もうこういうことをしないと誓うなら
きっとハムスターたちは許してくれるから。

私がそう言うと、子供達はワンワン泣きながら
ハムスターにごめんなさいごめんなさいと繰り返していました。
そんな子供たちが泣き止むまでの2時間余り、
ずっと二人の娘を抱きしめていました。

私はハムスターに可哀想なことをしてしまったな・・・と
心が痛んだけれど、それと同時に子供たちが命の重みを身を以って
知ることが出来たことに、その小さな命で教えてくれたことに
深く感謝しました。

そんな小さな子供たちに命を預けて死なせてしまうなんて
無責任だと動物愛護団体さんから叱られてしまうかもだけど^^;

でも、そのお陰でそれ以来、子供達は決して命を粗末にしないと誓い、
飼い主としての責任をしっかり持つようになってくれたと思います。
それは、以前に記事にしたフクちゃんに対する姿勢からも
伺うことができます。

失敗とそれに対する大きな大きな悔い・・・。
命を奪ってしまったという自責の念は消えないかも知れない。
だけどそれがある限り、そのことを生かしてゆくことが出来る。
私流の子育ては、子供たちの前を歩き石を拾って転ばないように
してあげることじゃない。
子供たちがその身を以って、経験したことを生かしてゆけるよう
諭し見守ることだと今でも思っています。

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【 2008/07/12 (Sat) 】 過去において | TB(0) | CM(8)

成長・・・しているんだろうか?(>_<)

このところ低迷気味な私でありますが・・・^^;
ちょっと浮上しかけたりはするんだけどまた落ちる。
(ー'`ー;)ウーン・・・・w 困ったもんです(>_<)

ひっさびさに過去の日記公開~♪
って・・・ダークだから『♪』つけるような代物じゃないけどね・・・汗。

4月1日 あお19歳
 本日は何故かしらエイプリルフールであります。
 何とも言えん心境・・・Kさんに字相占ってもらいました。
 今の私、理解してくれる人はいないって・・・本当そうなんだ。
 そして、理解してくれなくたっていいんだ!って背を向けてるって。
 それも事実・・・涙出そうになった。

 悲しいときに悲しめない、淋しいけれど口にはださない、
 甘えたいけれど決して態度には出さない。
 それが今の私の信条・・・私が心に誓っていること・・・。
 決して心の底までは人に許さない、誰にも踏み荒らされたくない、
 誰にも踏み込んできて欲しくない・・・でも、踏み込んできて欲しいと
 思えるような人が現れるのを今の私は待っている・・・矛盾だらけ・・・。
 とにかく今は人を信じることができない、素直になれない、
 やさしくなんかなれっこない。

 お父さんはイヤだ。でも、お父さんは大好きだ。憎らしいけど大好きだ。
 本当は離れて行っても良い人なんか一人もいない。男の人も女の人も・・・。
 どうして男の人には特別な感情を持たなくてはいけないの?
 何故、男の人に従うべき1対1の付き合いをしなくちゃいけないの?
 何故、こうも束縛されるの?
 私はその人だけ、あなただけなんていう感情は当分誰にも持てない。
 どうしてそれがフラフラしていることになるの?
 どうしてみんな私の性格を、考えていることを勝手に決め付けて
 押し付けるの?説教するの?卑下するの?こきおろすの?

 私がいくら否定したって無駄・・・。それならそれで良い。
 そう思われてるならそうなんでしょ・・・ってね。
 私はもう弁解も否定もしなくなっている・・・・全ては無駄だから・・・。
 諦めからは何も生まれないけれど、努力したって同じ・・・。
 努力すればするだけ期待してしまうから、
 それだけ傷つくし、落ち込んでしまう。

 今の私は最高にいい加減・・・何もかもが面倒くさい。
 こんな私は生きている資格なんてないと思う。
 どうしようもない一番軽蔑される人間だと思う。

私、成長してるんかな・・・?^^;

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【 2008/04/23 (Wed) 】 過去において | TB(0) | CM(8)

気づけなかった母の想い

昨日の話の続きになるのですが・・・。

私は自分自身の中にインナーチャイルドをずっと抱えていました。
愛されていないと思っていた祖母の愛を知り、父の私に対する
暴力の意味も知り、それでもまだ満たされぬ想いがあって・・・。
どうして私の中の私はいつまでも泣いているのだろう?
これ以上何を求めるというのだろう・・・?とずっと思っていました。

その最後の鍵は、自分の中ではとうに解決したと思っていた母でした。
昨日の記事で、『母は父を愛してなかったのだと思っていました。』と
書いたけれど、本当は『私を愛してくれてなかった』という想いが
ずっとずっと心の中にあったんだね・・・。
ayaさんからいただいた言葉。

『愛していたんですよ。。あおさんを。お母さんは。いつの時も 』

これを目にした時、涙が溢れてどうしようもなかった。
そして本当の自分の心を願いを知ることが出来ました。

私は多分、それを確かめたくて母に一目会いたいと願っていた。
だけど、私は母の言葉や態度から愛されてなかったと確信してしまった。
今振り返ると母の愛は確かにあったのに・・・。
そこここに見えていたのに・・・。

母に会ってきた当時、私にはすでに3人の子供がいました。
本当は3人とも連れて行きたかったのだけど、私が知らぬ間に
姑が息子を連れて遊びに出掛けてしまっていて・・・。
なんで黙って連れて行くかなぁ・・・(;-;)と切ない想いをしたまま
二人の娘だけを連れて行ったのです。

母と会ったのは、母の友達が勤めていたホテルでした。
母は、「一緒に温泉に入ろう。」と私を誘いました。
正直私は、(なんで温泉・・・?)と思いました。
母は、母の母・・・私にとっては実の祖母に当たる人を連れてきていて、
私はその親孝行のついでなのか?と思ってしまったのです。

母はそんな私の想いにはお構いなく、末の娘を連れて浴場へと
行きました。しぶしぶ私もついて行きました。
不思議なことに人見知りの激しかった長女とは違って、日頃ほとんど
人見知りをすることのなかった末の娘が母に抱かれるのを
異常に嫌がり泣き叫んでしまっていました。

どうしても泣き止まぬ末の娘を母は決して離しませんでした。
泣き叫び続ける娘の身体を洗い、お風呂に入れ、身体を拭いて
服を着せるまで・・・。
ここでも私は、そんなに無理強いしなくても・・・と我が娘のことを
可哀想に思い、母に対して憤りまで感じてしまっていました。

今ならわかります・・・。
末の娘が泣き叫んだ理由が・・・。

泣き叫ぶ娘はそのまま私の心が映し出された姿。
母に対する強い強い拒絶の心。
まだハイハイも出来ないくらい幼かった末の娘は
そんな私の心をきっとその全身で感じ取っていたのでしょう・・・。

そんな娘を決して離すことのなかった母。
それは私に対する母の強い強い愛だったんだね。
そんな私の心を知りながらそれでも愛をくれていたんだね。

気づくことが出来なくてごめんなさい・・・。
本当にごめんなさい・・・(;-;)

この話はまだ長くなりそうです。
なので、また明日続きを書くことにしますね^^;
どうかこんな私にお付き合いください(*_ _)ペコリ。。。

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【 2008/02/27 (Wed) 】 過去において | TB(0) | CM(8)


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