あお’SROOM

生きていくって大変だよね。日常の中から色んなことに気づいてちょっとずつ成長できたらいいな。
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中途半端だから

ヽ(´ー`)ノ ふぅ~・・・w
ようやく長かった先週が終わった(´▽`)
日曜から土曜までのフルはさすがに長いっ!!!
例年のごとく夏季業務に突入したので、これから先は連休が
中々取れない日々が続くことになる。

このところ平穏無事な記事を書いているけれど、
私の中の不安や恐怖は消えた訳ではない^^;
どちらかというと、それを拭い去るために、自分に言い聞かせるために
書いているのかも知れない。

そして思う。
不安材料というのは自分の外にあるのではなく、
自分の中・・・自分自身が持っているものなのだと。

心が平和な時って、自分の中の不安を掻き立てられることがない時。
でも、一旦その不安をつつくようなことがあると途端にダメだ。
事実がどうであろうと、そんなことはお構いなしに自分の心は
ぐるぐるにはまってしまう。
そういう時はあまりうまく眠ることが出来ない。
そして私はすぐに逃げ出すことを考えてしまう。

平穏無事で楽しくて穏やかな日が続いているのに、
どうしようもなくここへ帰って来るのが嫌だと思えてしまう日がある。
何故なんだろう・・・?
逃げ出したくてたまらなくなってしまうのは何故なんだろう・・・?
自分でもわからないんだよね(>_<)

私は知らず知らずのうちに、何かを我慢しているのだろうか。
無理を重ねてしまっているのだろうか。
何もかも壊してしまいたくなる。
一人で家にこもっていたいと痛切に思う。

でも、それは自分の本当の願いではないようにも思える。
本当の自分が見えないなぁ・・・。

ここにいたい。
家に戻りたい。

そんな両方の想いの中で揺れ動く。そして疲れる。
中途半端な現状だからなのかなぁ・・・?
いや、多分自分の中の想いが中途半端なんだろうな。
だけど、中途半端でも当たり前って言えば当たり前なのかも?
今はまさに過程の中にいるわけだもんね。

中途半端な自分を認められないでいるから苦しいのかな。
中途半端な今だから、すべきことがあるとおもうのだけど、
その先をきちんと見据えられないでいるから悩むのかな。
でも、見据えられないでいることもまた過程な訳で・・・w

要するに、過程の真っ最中にいる私は、そのこと自体を悩んで
うだうだぐじぐじしてる暇があったら、今を、この一瞬一瞬を
大切に生きてゆけってことだぁね。

ウム・・・。

本当に大切にすべきことを見失って間違うこともあるかも知れない。
でも、間違ったなら修正してゆけばいい。
多分、生きるってそういうこと。

そうだよね・・・^^

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【 2009/05/31 (Sun) 】 心のままに | TB(0) | CM(6)

幸せって

まったりとした中にも忙しさのある毎日w
やることは沢山あれども、何も手につかずにPCの前に
陣取っていた頃が嘘のようです^^

中々思うように記事を書いたり、みなさんのところへ訪問したりが
出来なかったりもするのだけれど、PC依存症だった頃よりも
ずっとずっと良い生き方が出来ているんじゃないかなぁなんて
思っていたりもします。

さぁ!今日はブログ更新するぞーっなんて思っていても、
何かと用事が入ったりして書けないことが多いんだけど、
それでも不満(?)に思ったりしないのは、こういう今の生活が
とても幸せだということを心底感じているからなのだと思います。

少し前に、彼が急にこんなことを言い出しました。

「ワンパターンでつまらなくないか?」

一瞬何のことだかわからなかったんだけど、要するに仕事へ行き、
帰ってきて食事の支度をしたり家事をしたりして寝る。
こんな毎日じゃつまらないんじゃないのか?ということらしい。
一人で居たら、好きな時間に好きなことも出来るし・・・と。

もしかして彼のほうがつまらないとか不自由と思っているのかな?
と思って聞いてみたら、そんなことはないと言う。

「俺はすごく助かってるけどさ・・・^^;」

16年間の結婚生活にピリオドを打ち、自由な生活を手に入れた時は
本当に楽だと思った。
だけど、子供たちが一人また一人と巣立って行って、本当の意味で
一人になってしまった時、何もする気力がない自分がいた。

自分がご飯を作って、それを食べてくれる人がいるってことは
すごく幸せなことだと思うよ。そして、自分の食事を作ってくれる誰かが
いるってことも幸せなことだと思う。
それが当たり前になってしまうと、作るのめんどくさいとか思ったり、
そんな生活がつまらないとか嫌だとか思ってしまったり、
男の人の方も、作ってもらうのが当たり前になって、作ってないと文句を
言ったりするようになっちゃうよね。

だけど、そうじゃないと思うんだ。
こういうのってさ、幸せなことなんだよ。
当たり前のことだと思っていたことが、当たり前じゃなくなった時に
それがわかるんだよ。
一人で居たら確かに楽な部分はあると思うけど、なんていうか
何もかもがいい加減でどうでも良くなってしまう気がするよ。

そんなことを彼に伝えてみた。

「そうだな・・・うん。俺も出来る限り手伝うからね^^」

こう、彼から返事が返って来ました。
その言葉通り、一昨日のお休みの日はご飯を作ってくれたし、
さっきも、明日のゴミ出しを手伝ってくれたよ^^

幸せってさ、どこか遠いところにあるものじゃない。
極普通に目の前にあるものなんだよね。
それがどれだけ幸せなことなのかということを見失ってしまうから
幸せになりたいなぁ・・・なんて思ってしまうのかも知れないね。

もうすぐ彼の娘さんに二人目のお子さんが生まれます^^
何かと大変になるので、娘さんの力になってやってくれと彼に頼まれました。
娘さんもこの頃何かとここへやってきては、話をしていったりしてくれるの。
そういうのが本当に嬉しいなぁと思うこの頃の私です・・・^^

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ヒース石鹸が解禁となりました^^
何かと忙しく中々思うように石鹸も作れないんだけど、
ボチボチマイペースでやっていきますのでよろしくお願いします☆

石鹸販売サイト⇒Myrrh
【 2009/05/26 (Tue) 】 日記 | TB(0) | CM(10)

ピンクの絨毯♪

先日の日曜日、芝桜を見に出かけてきました^^
調度 ”芝桜祭り” なるものが開催されていてすごい人だったよー。
花も満開で見ごろでした♪ 綺麗だったぁ・・・(*^_^*)
ほんとお花って癒されるよね^^ そんな癒しのお裾分けを・・・♪

CA370064.jpg 

CA370060.jpg 

見事でしょう?^^ 下の写真は接写してみたんだけど、
ちょっとボケてますねぇ・・・w まぁ、携帯で撮ったから
これだけ写れば上等か・・・^^;
というか風がかなり強くて、花がすごい勢いで揺れてたんだよね。
なるべく静止に近い時を狙って撮ったんだけどなー(>_<)

ここへは、彼と彼のご両親と一緒に行ってきたんだ。
ご両親すっごい喜んでたっ!^^

「芝桜でも見に行って来ようか」

おー!珍しいなー、彼の方からお出掛けを提案するなんて。
なんて思いながらも大喜びしていたら、出掛ける朝になって
ご両親を連れて行くかなぁ・・・と言い出した。
多分、彼は元々そのつもりだったのだろう。

日頃からご両親のところへはあまり顔を出さない彼。
そんな彼にちゃんと親孝行しておかないと後悔するよーと
日頃からよく言っている。
亡くなってしまってから、親孝行しておけば良かったと
思っても遅いんだよ・・・と。
もう高齢だし、父親の方は病気も患っている。

親孝行したいと思ってはいても、一人では中々
行動出来なかったのかも知れないね。
私はそんな彼の役に少しは立てているかな?^^

帰ってきたあとご両親から、もう高齢だし何かと不自由になるので
これからもよろしく頼むねと言われました。
最初言われた時は、ピンと来なかったのよ(苦笑)
私は嫁じゃないしね・・・w
それが相手に通じてしまったのか、時間を置いてから
更にもう一度、頼むねと念を押されました^^;

もちろん、「はい^^」 とにこやかに答えたよ。
多分ご両親は、彼のことも心配なんだろうなぁ。
この先結婚することはないかも知れないけれど、
嫁として・・・とかじゃなく、一人の人間として私に出来ることを
誰かの役に立てることをやってゆける私でありたい。
そう願っています^^

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【 2009/05/22 (Fri) 】 日記 | TB(0) | CM(16)

マザー・テレサ

 私たちは雲の上といいましょうか、
 非現実の世界に住んでいてはなりません。
 私たちのまわりの人々を理解するように
 懸命の努力を尽くすべきです。
 そして、共に住む人々をよりよく理解するために、
 自分自身をまず理解することがどうしても欠かせないのです。

            ~マザー・テレサ 愛と祈りのことば より~

マザー・テレサ 愛と祈りのことば (PHP文庫)マザー・テレサ 愛と祈りのことば (PHP文庫)
(2000/09)
ホセ ルイス・ゴンザレス‐バラド、

商品詳細を見る

マザー・テレサがとても好きで、この本を手に取り買ったのは
いつの頃だっただろう?
実際、もう10年以上は前のことだったと思う。
だけど、時折ふと手にしてはみるものの、パラパラとめくるだけで
真剣に読むまで至らずにずっと本棚のこやしになっていたんだよね^^;
それが最近になってこの本と向き合う時間が増えてきた。

改めてその言葉の一つひとつを読んでいると、今だから見える
今だから理解出来るということが増えているように思う。
あぁ、だから ”今” なんだなぁ・・・なんて独り言をつぶやいたりしてw
今この時のために10年前に買ったということなのか・・・?w

”雲の上” という下りにもΣ(゜□゜lll)・・・という想いがした。
理想を掲げるのも結構、正義を唱えるのも結構。
だけど、人は人を測ってはいけないんだよね。
理想も正義も人を測るためにあるんじゃないんだもの。
そして私達は、今ここに生きている ”人間” だ。

この本の中にこんなエピソードも書かれていました。

 死にかけている人を見つけ、「死を待つ人、捨てられた人の家」に
 連れて帰りました。
 ベッドに横たえようとした時、その老女は私の手をとり、美しいほほえみを
 浮かべました。そして、「ありがとう」と一言言って死んだのです。
 実に、彼女は私が与えたものよりも、ずっと多くのものを
 私に与えてくれました。感謝に溢れた愛を与えてくれたのです。
 私は彼女の顔をしばらく見つめながら、ふと考えさせられました。
 「もし私が彼女の立場にあったら、私はどうしただろう」と。
 そして、正直な答えはこうでした。「きっと私は、皆の注意を自分に
 引き寄せようとしたに違いない。そして、”お腹が空いた。喉が渇いて
 死にそうだ。ああもう死ぬ” と叫んだことだろう。
 ところが彼女はといえば、自分のことなど考えず感謝に溢れていたのです。
 本当に寛大な心の人でした。
 貧しい人々は、私は繰り返し繰り返し言いますが、素晴らしい人たちです。

正直このくだりを読んで驚きました。
え・・・マザーともあろう人が・・・?みたいな感じかな。
そして、驚いた自分を恥ずかしく思いました。
私は、マザー・テレサを ”人間” として捉えていなかった。
どこか別世界の存在のように感じていたのだと知ったから。

マザー・テレサは、決して特別な存在なんかじゃなかった。
私達と同じ人間だったんですよね。
それなのに、何故こんなに素晴らしい偉業を成し遂げられたのか。
その答えがこの本の随所にあります。

どんなに偉大な魂の持ち主であったとしても、ここに生まれてきたなら
みな同じなのだと思います。
一人の ”人間” として生きてゆくのです。
一人の人間としての自分が今成すべきことは何なのか・・・?

スピリチュアルブームが流行のようになっている昨今ですが、
本当のスピリチュアルというのはどういうことなのか。
それはきっと、非現実の世界に住まいするということではない。
今、ここに、この世界に、この地にしっかりと足をつけるということ。
地球という大地を踏みしめて生きてゆくということ。

そんな風に思います・・・^^

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【 2009/05/15 (Fri) 】 心のままに | TB(0) | CM(16)

桜満開♪

CA370056.jpg 

桜が満開です・・・^^

”今頃桜かぁ・・・!” なんて思う人も多いかもですね。
それはきっと自分のところと比べて考えるから。
それでもきっと、北海道だからということで
それはそれとしてちゃんと受け入れているのだと思います。

北海道で今頃桜が咲くのは、今がここの桜にとってベストな時だから。
なーんてことは今更言われなくても・・・って思うよねw

だけど思うんです。何にだって誰にだってベストな時があると。

世の中の常識としての適齢期みたいなものって沢山あるよね。
だけど、それと一人ひとりの本当にベストな時が
必ずしも一致するとは限らない。
だから、そんな常識に左右されて一喜一憂する必要なんて
どこにもないんだよなぁ・・・なんて満開の桜を見ながら
(゚‐゚*) ホケーッ・・・っと考えたりしておりました・・・^^

昨日と今日の連休は(彼の)お庭のお手入れをしていました♪
今日はお花やミニトマトの苗なんて買ってきて植えたし^^
あ、そうそう。自宅のお花達も引っ越しましたw
もう外でも大丈夫・・・っていうか、外に出たいよーっ!(>_<)と
うずうずしていたと思うしね☆
寒くなって外に置いておけなくなったらどうしようかな^^;とは
思うけれど、それはまたその時に考えようと思います。

お花達元気に綺麗に育つといいなぁ♪
綺麗に咲いてくれたらまたUPしますね~っ^^

あとは石鹸作りの材料だな・・・ボソ・・・w
あ、そうそう。すっかり放置している石鹸サイトですが・・・汗。
とりあえずあと10日くらいでヒース石鹸が出来上がります^^
先月出来上がったローズ石鹸もUPしておりますので、
またよろしくお願い致します(*_ _)ペコリ
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【 2009/05/10 (Sun) 】 日記 | TB(0) | CM(14)

完璧じゃないからこそ

今年に入ってからAC(アダルトチャイルド)に関する本を数冊読んだ。
また、ネットサーフィンでもあちこち閲覧した。
そんな中、全てのところに書かれているACの原因となるものは、

”機能不全家庭”

であるという。

まだ善悪の区別もつかず、親なくしては生きてゆけなかった頃の環境が
心の成長に大きく関わるということは間違いないことだと思う。
でも、”機能不全家庭”ではない家庭なんて存在するのだろうか?
読めば読むほど、知れば知るほどそういう疑問が湧き上がって来た。

親は神様じゃない。
親は完璧な存在なんかじゃない。
私達はみなそれぞれ各々の過程の中にいる存在だ。

これは私の見解だけど、”機能不全家庭” ではない家庭など
存在しないんじゃないかと思う。
その程度は色々あるだろうけどね。

自分だけじゃなく、周りを見渡しても心の中に
問題を抱えていない人などいないと思う。
みんなそれぞれ悩みがあって、それぞれの想いや傾きを抱えている。

親であれ先生であれ、”人間” だ。
私達はみな、聖人君子でもなく神様でもない ”人間” だ。
間違いを犯さないで生きることなんて出来ない。

だから思う。
人は完璧である必要などないのだと。
”機能不全家庭ではない家庭” とは、完璧な親が完璧な心を
以って生活をしていることではないのだと。
”機能不全家庭” というのは、完璧じゃない家庭のことを
指すのではないのだと。

完璧ではない私たちは何をすべきか?
私達は完璧じゃないからこそ、沢山の可能性を抱えている存在だ。
その可能性を信じることだ。
諦めちゃいけない。投げ出しちゃいけない。

親が子に見せるべきものは、完璧じゃないと私は思う。
完璧じゃないからこそ、前を向き一生懸命歩く姿。
己の中の真を貫こうとする姿。
本当の自分が心の底から望むことを大切にする姿。

本当の愛を大切にする心。

迷いながら躓きながら幾度も諦めそうになりながら
泣きながら笑いながら・・・。

機能不全な心を持つ私は、決してマイナスを生む存在ではないと
心から信じようと思う。
そして、そんな自分だからこそ歩む道がある。
その道をひたすらに歩いてゆこうと思う。

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【 2009/05/08 (Fri) 】 心のままに | TB(0) | CM(2)

どう思われたいのか?どうしたいのか?

『人間・釈迦』や『原説般若心経』など、【あおのお勧め本♪】の中でも
紹介しているこれらの本の著書である故・高橋信次氏の生前の
エピソードにこんな話があります。

高橋氏は、あちこちで精力的に講演会などを開いていたのですが、
その行く先々で、人知れずスリッパを並べることとトイレ掃除をすることを
励行していたのだそうです。
なので、そこの掃除夫だと勘違いされることもしばしばあったそうw

氏は、何故そういうことをしていたのか。

決して自分を良く見せようとか良く見せたいとかではなく、
誰かに褒められたいからでもなく、それをすることによって
誰かに喜んでもらえるだろう、気持ちが良いだろう^^ という想いだけで
それを行なっていたのですよね。
だからと言って、誰も喜ばなかったとしても腹を立てることもなく・・・。
自分の想いに正直に行動したことだけで満足していたのだろうと思います。

自分は、どこかでスリッパが乱雑になっているところに
遭遇したらどう思うだろう?そして、どう行動するだろう?
また、乱雑になっていたはずのスリッパが知らない間に綺麗に
並べられていたらどう感じるだろう?
並べてあって当たり前とばかりに気にも留めない人はどれだけいるだろう?

知らぬ間に綺麗に並べられたスリッパを見て、どれだけの人が
感謝の心を持つだろう?その想いを言葉にすることが出来るだろう?
綺麗に並べている人と偶然居合わせたら自分はどうするだろう?

自分が綺麗に並べて、それを誰も気にも留めなかったらどう思うだろう?
もしかしたら、並べてくれている人は仕事とかで嫌々やっている人も
いるかも知れない。だけどそれでも誰かが、

「うわぁ!綺麗になってる!誰がやってくれたんだろうね^^」

と言葉にしたなら、そしてそれをどこかで聞いていたとしたら
その人はどう思うだろう?
嫌々やった・・・という想いはどこかへ飛んで行ってしまうかも知れない。
自分のした仕事に誇りを持てるかも知れない。
そして、その嬉しさを次へと生かしてゆけるかも知れない・・・。

ここ連続で似たような記事を書いているけれど、今まさに私に下りてくる
メッセージがこればかりだからなんだよね^^;

スリッパが綺麗に並べられているのを見たら、心から感謝できる
私と成りなさい。例えそれを並べた人が嫌々やったのだとしても、
そこにある現実・・・スリッパが綺麗に並んでいるという事実を
大切に出来るようありなさい。
感じた感謝の心をちゃんと言葉にしなさい。

誰かからどう思われるか?ではなく、自分はどうしたいのか、
自分はどうありたいのかを大切にしなさい。

そう諭されている気がします・・・^^

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【 2009/05/07 (Thu) 】 心のままに | TB(0) | CM(6)

謙遜

三連休二日目、まったりと買物などして過ごしました^^
明日はもっと精力的に動きたいんだけど、はて・・・どうなることやら?

この頃、暇を見つけては自宅のいらない物処分にいそしんでいるのですが、
まぁ、着ない服とかがあることあることっ!w
一度引っ張り出しては、いや・・・まだ着れる・・・と再度しまう。
こんなことを何度繰り返してきたことか・・・( ;´Д`)
それでも少し前に結構な量をハードオフに持ち込んでみた。

ガソリン代にもなりゃしない・・・ボソ。

こりゃ、粗大ごみに出すしかないかなーっ^^;と思っていたら
掃除のおばちゃんが、綿80%以上のものであれば頂戴と言う。
福祉協議会に寄付するためのウエスにするんだって。
福祉センターでは、週に一度ウエス作りの集まりがあるらしい。
おばちゃんもそこに行ってボランティアをしているのだけれど、
自分が持ち込む分は自宅で暇を見つけてはちゃんとウエスにしてから
持って行っているのだそう。

少し前にもどっさりウエスを作って黙って置いてきたのだそうです。
で、ウエス作りの集まりの時にそこにいたみんなが、

「あら!これちゃんと出来てるわ!
助かるわねぇ、誰が作ってくれたのかしら?」

と口々に言ってるのを聞いてとても嬉しくなってしまったと
満面の笑みで話してくれました。

「私が作ったんだよーって言わなかったの?」と聞くと、

「言わない言わない^^; いいのいいの。」との答え。

誰が作ったのかなんてどうでもいいのだと。
みんなの嬉しそうな顔が見れればそれでいいのだと・・・。

 もしも私たちが謙遜ならば
 ほめられようと、けなされようと、私たちは気にしません。
 もし誰かが非難しても、がっかりすることはありません。
 反対に、誰かがほめてくれたとしても、
 それで自分が偉くなったように思うこともありません。

             ~マザーテレサ 愛と祈りのことば より~

思わずこの言葉を思い出しました。
誰にどう思われるかじゃなく、自分がどうしたいのか。
その想いが自分の中で真実ならば、お礼を言われることも欲しない。
自分がしたことで誰かが喜んでくれるならそれでいい。
それが最大の望み。その望みが叶えばそれで心から満足できる。

すごいね。

粗大ごみに出そうと思って箱に詰めていた衣類等をひっくり返し、
綿のものを選り分けておばちゃん家に持って行きました。
ほんとはね、私もちゃんとウエスにして渡そうと思ったの。
で、作り方を聞いたんだけど、「あなたがそこまですることないのよ^^」
って言われたので、好意に甘んじてそのまま持っていったんだ。

おばちゃんは最大級の笑顔で、「ありがとう!!^^」と言ってくれました。
私もとっても嬉しくなった^^

自分の言動が心からの願いに基づいているものならば、
見返りなんて求めないものかも知れないね・・・^^

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【 2009/05/04 (Mon) 】 心のままに | TB(0) | CM(12)

祖母の想い

一昨日、叔母の家に遊びに行ってきました。
そこで祖母の意外な一面というかエピソードを聞きました。

祖母が40歳の時、祖父は42歳で心臓の病を患って亡くなりました。
その時叔母はまだヨチヨチ歩きで、その下にも生まれたばかりの子もいて、
私の父やら8人の子を抱えて祖母はどれだけ途方に暮れたことだろう。

祖父が亡くなったのは、8月でとても暑い日だったそうです。
同じ集落に住んでいた人達は、みな外で夕涼みをしていたんだって。
その時不思議なことが起こったそうなんです。
夕涼みをしていたみんなの目の前に急に火の玉が現れて
長い尾をなびかせながらみんなの前を通り過ぎ、祖父の家の周りを
ぐるぐると回って家の中に入っていったんだって。
祖父の体の具合が思わしくないと聞いていたみんなは、
それを見て祖父の死を悟ったのだそうです。

祖母が祖母の兄から「一足先に家に戻って片づけや準備をしなさい。」と
言われ急いで自宅に戻った時、一瞬違う家に入ってしまったか?と
思ったくらい綺麗に片付けられていたそうなんです。

それは、火の玉を見て祖父の死を悟ったみんなが
していてくれたことだったんです。
まだ若いのに、子供をたくさん抱えて不憫だと思って。
障子は綺麗に張り替えられ、家中ピカピカに磨き上げられ、
食器も用意され、足りないものはみなで持ち寄り・・・。

それを見て祖母は人の情けというものはこんなにも有難いものなのかと
涙が溢れ出て止まらなかったそうです。
そして、どうやって恩返しをしたらいいのだろう?と考えたんだって。

そしてそれ以来、祖母は同じ町で葬儀があった時には、
付き合いのない人であっても飛んで行って「お手伝いをさせてください」と
申し出でて、手伝いをすることをずっと続けていたのだそうです。

祖母は幼い頃学校へも行かせてもらえず、家の手伝いをさせられていて、
料理・裁縫の全てに長けていました。嫁ぎ先は旅館で、そこでも色々と
叩き込まれていたことがその時に役立ち、手伝い先で何でもこなす祖母の
評判が広まり、遠くからも呼ばれるようになり、それが生計を助けることに
なったというから人生ってほんとすごいよね。

私が小さい頃住んでいたところは、あまりご近所さんが仲良くはなく、
挨拶をしてもろくに返事も返って来ないような感じだったんだけど、
祖母は、お餅をついたりおはぎを作ったりした時は必ず隣の家に
お裾分けを持っていったんだよね。
ありがとうと言われる訳でもなく、喜んでいる様子もなく、
祖母はその度に、「ありがたい顔もしない。」と怒ってた^^;
なのに、決してお裾分けを止めることはしなかったんです。

私はそれが不思議でならなかったんだよね。
なんで怒りながらも有難がられなくても毎回毎回持って行くのだろう?と。
でも、叔母の話を聞いてそんな祖母の気持ちが理解出来たように思います。
ご近所を大切にするという祖母のポリシーがそこにあったんだね。
自分が受けた恩を返すことを決して止めなかった祖母。
例え感謝されなくても、その想いが揺らぐことはなかったんだ。

わが祖母ながらすごいなぁと思います。
深い深い感謝の想いを想いの中だけに留めずに行動とした祖母。
一人の人間としてとても尊敬します。

尊敬するだけじゃなくて、それを私も生かしていかなくちゃだよね^^;
出来るかなぁ?(>_<) きゃーっ!w

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【 2009/05/02 (Sat) 】 過去において | TB(0) | CM(8)


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