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疲れ半端ねぇ・・・(ーー;)

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By美和

明日から、待ちに待った4連休♪
今年は、3日が日曜だから一日休みが減ってしまったわ~。。。(×_×;)シュン
きっとあっという間の連休になるだろうな。

そんな今日、連休前の仕事を片付けながら、仁さんに聞いてみたいことがあり、
どうやってこれを伝えようかな・・・とあれこれ考えていた。
聞いてみたいこととは、『閉じ込めている記憶』について。

私には記憶の欠落がある。 過去記事 『記憶の欠落』 『吐き出します』
父からDVを受けていたのだと知ったのは、今から8年くらい前になる。
ながさんの力を借りて、閉じ込めていた感情を解放しようと試みたのが
その1年後で、今から7年ほど前のこと。

 『今一度』 『いつかきっと』 『不幸を手放す』 『自分への理解』 『父への怒り』

その時に、押さえ込んでいた怒りをぶちまけて、
” 大好きで誰よりも尊敬する父 ” という呪縛から解き放たれた。
なのに、依然として生きることに対してどうしても辛さを覚えてしまう自分がいて、
多くのカウンセラーも仁さんの本の中でも、過去の自分と向き合うとか
感情の解放とかの大切さを訴える記事をよく目にするのだけれど、
閉じ込めて厳重に鍵を掛けてしまっている記憶は、どう扱えばいいのか。。。

自分が生きるために、閉じ込めてしまっているものだから
そっとそのままにしておいた方がいいのか?
それとも、そんなもんもういらん!とばかりにバッサリ捨ててしまえばいいのか?
無理にこじ開けるのは怖い。とても怖い。
薄れてゆく記憶と違い、閉じ込めた記憶は戻ってきたときには
ものすごくリアルなのだと聞いているし・・・。

あれこれと考えているうちに、幼い自分が日記に書きなぐった文字が
思い出された。

「お父さんなんか死んでしまえ!!」

「いや、私が死んでしまえばいいんだ・・・」

そうだねー・・・そんな風に思っていたよねー・・・って、あれ・・・?
これって・・・これって・・・もしかして・・・。

私が閉じ込めている記憶って、封印してしまっているものって

『私が父に抱いた憎悪の感情』・・・?!
それを、『大好きで誰よりも尊敬する父』に塗り替えた?!

父に対する怒りや憎悪の感情が湧いてきてしまう自分を
許すことが出来なかった?
生きていてごめんなさい、ごめんなさいと何度も何度も書いていた自分。
醜い心の自分を消し去りたかった?
だから聖人君子を目指していた?

生きてゆくために。

何故そうまでして生きていたかった・・・?

自分が閉じ込めている記憶は、父から受けた暴力や暴言の数々だけじゃなく、
それに対して湧き出た自分自身の感情もだったんだ。

そのことに気づいて、しばし茫然自失状態に陥った。
ショックから立ち直るのにしばらく掛かった。
や、今もまだ立ち直りきれてないかもだけど。

もう、ぐったりした。
半端なく疲れきった・・・。

そんな自分は生きているのにふさわしくない。
そんな自分には生きる価値などない。
なのに死ねなくてごめんなさい、生きていてごめんなさい。

そんな(現
在も引きずっている)過去の想いでいっぱいになった。
そっかー・・・そんなところに根っこがあったんだ・・・と気づいたけど、
まだモヤモヤは消えない。
まだ、何かある。

どこだ・・・。

欠落している過去がもう一つある。
『母』のことだ。

だから、『魔法のうた』の愛情とか聴いてもピンと来ない。
一昨年、転機があり、昨年母と22年ぶりに再会し和解した今も
幼い頃の母の記憶はよみがえっては来ない。
父との離婚後、会いに来たという母に対して、祖母の陰に隠れて決して出ては
行こうとしなかったらしい自分。
どうして母に抱きつくことが出来なかったのかわからない。

物心ついた頃には既に、『必要とされない、受け入れられない自分』という
基盤が出来上がっていた。

その前に何があったのか、幼すぎて思い出す術もない。
当時のことを知る人はもういない。

こんな風に、閉じ込めて頑丈に鍵を掛けてしまっている自分でも
今の自分から、立て直すことは出来るのだろうか。
今の自分の中に全てあるのだろうか。
閉じ込めてしまっている記憶や感情があっても大丈夫なのだろうか。

何故私は生きていたいのだろう・・・。

とにかく今日はひどく疲れた。

明日はゆっくり惰眠を貪ろうと思う。


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