わたし学

ARTICLE PAGE

祖母へ

author photo

By美和

今日は祖母の25回目の命日です。
祖母のお墓は、今私が住んでいる町にはありません。
なので今日、仕事帰りにスーパーへ寄って祖母が大好きだった
栗饅頭を買ってきました。
先ほどその栗饅頭と、これも祖母が大好きだった熱い玄米茶を入れ、
仏壇もないので、ベンチチェストの上にお供えをして
今の私の想いを伝えました。

私は幼い頃から母がおらず、父も仕事で多忙だったため
祖母の手によって育てられました。
明治生まれの祖母はとっても厳しい人でした(^_^.)
男の人を立て、女は3歩下がるといった感じで
冷ご飯や残り物は女が食べるものというのが常識。

男である父と弟をこよなく大切にし、私は女であるということもあり
以前にも書いたことがありますが、祖母と折り合いが悪かったらしい
私の母と私がそっくりだということで、「顔を見ると腹が立つ。」と
言われ、他人の眼から見ても明らかなくらいの弟と私に対する
態度の違いと差別がありました。
正直祖母から優しい言葉を掛けてもらったという記憶は殆どありません。
とにかく厳しく、鉄の棒や掃除機の柄などで叩かれたことも
何度あったかわかりません。

なので私は祖母から愛されてないとずっと思っていました。
でも、祖母を恨んだことはありませんでした。
私の存在が祖母を苦しめている。私がいなくなればいい。
何度そう思ったか知れません。
でも、愛されたくてたまらなかったことも事実です。

そんな祖母が他界する少し前、病院に入院していた時のことです。
当時私は、闇から脱出すべく家を出て寮に入り仕事をしていました。
そこの同僚と祖母が入院している街へ出かけることがあり、
私は同僚に断って一人祖母の入院している病院へお見舞いに行きました。
調度付き添いをしてくれていた叔母が留守をしていて、
祖母は気持ち良さそうに眠っていました。

起こすのも可哀想かなぁと思ったけど、あまり時間もなかったので
「おばあちゃん、おばあちゃん。」と静かに声を掛けました。
祖母は目を開け、「おぉ、あおか^^」と見たことがない笑顔をしてくれました。
付き添いをしてくれている叔母と意思の疎通がうまくいってないらしく、
うんざりしていたようです(笑)
そんな愚痴を聞き、もうすぐ退院するからと言う祖母に
「じゃあ、おばあちゃんの大好物を作って待ってるよ^^」と言って
同僚と待ち合わせしていた場所に向かい病院を後にしました。

それから間もなく祖母は退院してきて、私は約束通り
祖母の大好物のおかずを沢山作って待っていました。
病院からの帰りに、叔母のところへ寄りお風呂をいただいてきたと
言っていました。
さっぱりして、私の作った料理を「美味しい、美味しい^^」と言って
食べている最中に祖母は倒れました。
そしてそのまま帰らぬ人となってしまいました。

原因は脳内出血。後で聞いたところによると病院の先生から
しばらくはお風呂に入ってはいけないと言われていて、
叔母が勧めても、何度も「入らない。」と言っていたそうです。

お通夜の晩、祖母の付き添いをしていた叔母がこんなことを言いました。
「おばあちゃん、しっかりしているようでボケてたのよ。」
まさかぁ・・・。ボケているなんて微塵も感じなかった。
「だってね、おばあちゃんたらあおちゃんがお見舞いに来たなんて
言ったんだから!相当ボケてたのよ。」と言い出したのです。
更には、「あおちゃんがお見舞いなんかに来るはずないのにねぇ!(笑)」
(;´д`)ノオィオィ・・・。私の印象は相当悪かったらしい(苦笑)

私が病院へ行ったことを告げると、叔母はひっくり返らんばかりに驚きw
「あらまぁ!そうなの!あらまぁ!おばあちゃんが言ってたのは
本当だったんだねぇ。てっきりボケてたんだと思っていたわ。」と言い、
「あおちゃんがお見舞いに来て優しい声でおばあちゃん、おばあちゃんって
言ったんだ!!と頑固に言い張っていたんだわ。」と。
でも叔母は祖母の言うことを信じずに、ボケたのだと決め付けてしまい
「はぃはぃ^^」と祖母をいなしたと聞いて、さすがにちょっと腹が立った。
プライドの高い祖母はどんなに悔しい思いをしたことだろう・・・。

手ぶらでお見舞いに行ってしまったので、証拠も何もない。
どう言っても信じてくれない叔母に対して、「あおは来てくれたんだ!」と
何度も何度も言い続けていたのだそうです。
祖母は自分の言うことを信じてもらえなかったことに対しても
かなり悔しい思いをしたと思うけど、私が病院へ行ったということも
信じない叔母に対して怒りを覚えたのだろうと感じました。

それを知った時、私は祖母に愛されていたんだ・・・と知りました。
叔母に対する怒りよりも、祖母に対する申し訳なさのほうが大きくて
私は別室に行き、一人ごめんなさいごめんなさいと繰り返し泣きました。
愛されてないと思い込み、反発ばかりしていた。
ひどいこともいっぱい言った。謝っても謝り切れない・・・。

それから25年。今になってまた見えてきたものがたくさんある。
1つ見えるたび、私の心は感謝の気持ちでいっぱいになります。
私は今、胸を張って大きな声で言える。
『祖母は私を愛してくれていた!』

栗饅頭と熱い玄米茶の前で手を合わせ、心からの謝罪と
感謝の言葉をたくさんたくさん伝えました。
おばあちゃん、聴こえているよね?^^
私、おばあちゃんの孫に生まれて本当に良かった。
また、おばあちゃんの孫に生まれたい!
いっぱいごめんね。そして、いっぱいいっぱいありがとう。

↓ポチしていただけたら幸いです♪

Share

Comments 12

清水  

愛されているか愛されていないかってのは単純な行動だけではわからんもんなんやろうね。
俺結構そういうとこに疎いっていうか経験が浅いというか、だけうまいこと受け取れんし、伝えることもしきらん。

歳をとったからと言ってボケを簡単に選択肢に入れるのは失礼よね。ボケてないのにボケていると言われるのはすごい苦痛やもんねきっと。

2007/04/21 (Sat) 22:08 | EDIT | REPLY |   

タコたん  

愛が深いからこそ辛くあたってしまうって事もあるのでしょうね・・

本当なら可愛がって当然の孫娘に辛くあたっている
おばあちゃん自信も辛かったでしょうね

おばあちゃん、約束通りあおさんの料理を食べながら
この世にお別れをしたんですね・・

きっと、これ以上ないくらい幸せだったと思います

   

2007/04/21 (Sat) 22:40 | EDIT | REPLY |   

相原咲羅  

愛情が深いが故に、
厳しい態度をとってしまったり、
素直になれなかったりしたんだと思います。

でも、やっぱりあおさんのことを
愛していたんですね…。

なんだかとても感動しました。

辛い時期もあったでしょう。。
でも、相手を憎まずに
その憎しみを自分に向けたあおさん。

そんな気持ちは、きっと
どこかに届いていたんだと思いますよ^^
もちろん、あばあさんにも。。

2007/04/21 (Sat) 22:51 | EDIT | REPLY |   

あお  

>清水君
うん、人の心の奥底というものは中々見えないよね(>_<)
本当に今頃になって、あぁあれも愛だった、これも愛だったと
見えてくるものがいっぱいあってね^^;
それが伝わらないことに対して情けなかっただろうと思うし、
腹立たしかっただろうね。
ほんとごめんなさいっ!って思うわ。

私のおばあちゃんは町内でも有名な気丈な人だったんよ。
何でも出来たし頭も良くて、その分プライドも高かった。
だからボケ扱いされたことがどんなに悔しかっただろうと思う。

2007/04/21 (Sat) 22:51 | EDIT | REPLY |   

あお  

>タコたん
うん・・・そうなんだよね。
でも、私はそれがわからなかった。
知ったのはお通夜の晩でさ・・・情けないよね^^;
私もそうだけど、おばあちゃんも不器用だったのかも知れない。
もう一度孫として生まれたい!
今度こそ、良い関係を築きたい。
いっぱいお返しをしたい。

>きっと、これ以上ないくらい幸せだったと思います

温かい言葉(心)をありがとうです。

2007/04/21 (Sat) 23:02 | EDIT | REPLY |   

あお  

>相原咲羅さん
私の強情っぱりは祖母から受け継いだものかも知れません^^;

うん、私は愛されていました。
今はそれがとても良くわかるし、とても感謝しています。
祖母のことをどうしても憎みきれなかったのは
どこかで祖母の愛情を感じていたからなのかな。
それとも愛されてると信じたかったからなのかな・・・。

2007/04/21 (Sat) 23:06 | EDIT | REPLY |   

aya  

こんばんわ^-^
時が流れて見えてくるものってありますよね。。
それは、自分が成長したということでもあるのかもしれないけど。
私も、父がなくなってから見えてくるいろんな事があります。
そのたびに、ありがたいなと思います。
皮肉なことに、その時にきずかないことが、
いなくなってからきずくこともあり。
でもいつもあおさんのように、心の中で父には感謝しています。

 おばあさんは、空のうえでいつもあおさんのその思いを感じ
素敵に笑ってらっしゃるような気がします。。。
愛情表現がうまくできなかったのかもしれませんが
つなぎとめものがあるのは、きっと目には見えない
おばあさまの思いがあおさんを離さなかったのでしょうね。

最後が、あおさんの側であおさんの手作りの食事を食べて
いたときで、おばあさまは幸せだったと思いますよ^--^*

2007/04/22 (Sun) 00:23 | EDIT | REPLY |   

あお  

>ayaさん
おはようございます^^

本当に時が流れて見えてくるものということを
年齢を重ねるごとに実感しています。
伊達に人生は何十年と設定されてないんだなぁって。
ayaさんもお父様を亡くされているんですね。
私の父も他界しています。
父に関してはずっと愛されていたと思っていたので
ずっと感謝の心があったのですが、父から愛されてないと
思えるような出来事は全て自動的に記憶から消去されてたことを
昨年になって知りまして・・・(苦笑)
人とは不思議な生き物ですね^^

>つなぎとめものがあるのは、きっと目には見えない
おばあさまの思いがあおさんを離さなかったのでしょうね。

とても感慨深い言葉です。
ありがとうございます^^
先日祖母の夢を見ました。
とても楽しそうに笑っていました♪

2007/04/22 (Sun) 10:03 | EDIT | REPLY |   

りんご  

おばあちゃんの気持ち少しだけわかるような気がします。
うまく言えないけど、あおさんの母親代わりだからこそ責任感ゆえの厳しさと常に家庭を支えなければならない女の強さを教えてくれたのでしょうね。
ほんとはただただ可愛がってやりたい、という気持ちを押し込めて。心を鬼にして全身で教えてくれたんでしょうね。
その気持ちの狭間で理不尽なことをしたかもしれない。
おばあちゃんもそんな怒り方をしたあとは自分を責めたに違いないと思います。
でもその直面に立っているときはなかなか気づくことは難しいですよね。
いなくなってから初めて気づくことってほんとに多いですね。

おばあちゃんは病院であおさんに今までの気持ちが通じたと思ったような気がします。それでやっと普通に孫を可愛がるおばあちゃんに戻れた、そんな思いすべて含めた笑顔だったんでしょうね。
叔母さんに認めてもらえなくてもあおさんがちゃんと分かってくれているということ、おばあちゃんはそれだけで幸せだったように思います。

2007/04/22 (Sun) 14:09 | EDIT | REPLY |   

Lyrica  

う~~ん。。。
とても考えさせられるお話でした。。。
私も今、越えないとなぁと思っていることがあって。。。
でも、なかなか勇気が出ないんですよ。。。
なんか、あおさんに肩を押していただいた感じです。。。
ありがとうございます!

2007/04/22 (Sun) 16:57 | EDIT | REPLY |   

あお  

>りんごさん
本当にいなくなって初めてわかる、通り過ぎてから
見えてくるものがある。
良く言いますよねw 
親の気持ちは親にならないとわからないって。

祖母は早くに夫を亡くし、戦時中を幼い子を抱えて
必死で生きてきた人なんですよ。
自分に対しても強く厳しくあらねばならなかったのでしょうね。
それが私の母にしろ私にしろ、何故こんなに甘えているのかと
腹立たしく思えたことだろうと思います。
祖母から見れば私はとんでもない怠け者だったから^^;
自分が自分の人生の中で培い、身に沁みて大切とわかったものを
私に必死で教えてくれていたのでしょう。
私がどうなっても構わなければ、何も言わず放って置いたでしょうし。
厳しく色んなことをたくさん教えてくれた祖母にただただ
感謝です^^

2007/04/22 (Sun) 18:02 | EDIT | REPLY |   

あお  

>Lyricaさん
そうですか^^
きっと今がLyricaさんにとって
『超える時』なのでしょうね。
そういう時って必然的に、それを進める?ために
色々なものを目にしたり耳にしたりしますものね^^

少しずつゆっくり乗り越えていってください。
応援しています♪

2007/04/22 (Sun) 18:04 | EDIT | REPLY |   

Leave a reply