わたし学

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共に歩こう

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By美和

人は求め続ける。
幸せになりたくて。

でも、何をどこに求めたらいいのかがわからずに、
幸せそうに見える人が持っているものを欲しがったりする。
それはお金だったりブランド物だったり家だったり人によって様々なもの。
そしてそれが手に入っても幸せだと感じるのはほんの少しの間だけ。
また、人は次に自分を幸せにしてくれそうなものを求めていく。
『足ることを知らぬ欲望のままに』
欲望の先に幸せはないのに。

物を手に入れることによって、永遠に幸せになるなんてことはない。
この世は、『諸行無常』であるのだから。
物を求めることが悪いことではないけれど、
それは手段であって目的ではない。

人は求め続ける。
自分の存在価値を。

でも、何をどこに求めたらいいのかがわからずに、
学歴や名誉や地位を求めたりする。
自分以外の誰かの評価の中に自分の存在価値を
見つけようとする。
誰かの瞳に映った自分の姿を確認しようとする。
そして不安になったり、喜んだり・・・文字通り一喜一憂する。
そんなところに自分はいないのに。

考えてごらん。
自分の目に映る人は、ありのままのその人なのか。
自分はきちんとその人自身を映し出すことが出来ているのか。
その人の目に映る人は、ありのままの自分なのか。

『人の心を映す鏡となれ』

これは空海の言葉だけど(大分前にも書いたけど)
自分の心が曇っていては、ありのままを映し出すことは出来ない。
まだ起きてもいない出来事に不安になり、そのままを受け入れ
生きることが出来なかったり。
自分の都合だけしか見えずに、そこにある本当に大切にすべきものが
見えてなかったり。
波立つ水面に映し出される景色は、その波紋により真実の
姿を見ることはできない。
ありのままの景色を映し出すことの出来る水面は揺れてはいない。

本当の幸せってどこにあるの?
自分の存在価値ってどこにあるの?

それが見えなくて、探し方がわからなくて人は迷う。
迷って間違ったものを追い求めてしまったりする。
だけど迷ったり間違えたりしてこそ、本当に大切なものを知ることができる。
迷わずして間違えることなくして、どう知るというのだろう。

だから恐れずに立ち向かおう。
迷いながら間違えながらこの道を進もう。
少しずつゆっくりと果てしなく続くこの道を。
共に歩こう。

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Comments 14

Miho  

あおさん、こんばんは☆
励ましの言葉が心に染みました。
ありがとうございます。

何かを悟るには、経験を心に刻まなければ、
その意味が身を持って入っていきませんよね。

ただ日常で生きているだけで、
さまざまなところからヒントを得ることが出来ますね。
空や季節から。
虫や動物や植物から。
人の言動から。
自分の些細な感情からも。
「自分」というのもまた、知らないことばかりで。

幸せも、存在価値も、
人を見ていると冷静な感情になれます。

そんなときに、ブランド物を持ち優越感に浸るのは、
そこに目的もなければ美しいと感じません。
人より上に立とうとするよりも、
人の間で生き、感謝できる心でありたいと思います。
恩返ししたい心で苦難を乗り越えたいと思えます☆

価値であっても、知らず知らず人は口にしているでしょう。
「~さんは~大学を出て~会社に勤めて優秀だね。」
さそれで褒められた本人さえ心が満たされるはずもありません。

人の何かを比べたりはかる前に、
相手を自分に重ねてみる必要がありますよね。
表面的なことに囚われる心は哀しく、
また、人もそれに傷つき続けます。

当たり前のような日常でも、
自分という心の眼で何かを変えられると感じます^-^

2007/06/12 (Tue) 20:02 | EDIT | REPLY |   

あお  

v-254Mihoさん

本当に経験というものは、何物にも変え難い宝だと思います^^
「身を以って知る」ことの大切さを感じるわぁ。

そうですね^^
答えを導き出すためのヒントはそこら中にある。
それは自然の中だったり、人の中だったり。
映し絵としての世の中だったり・・・。
何を指針としてそこに何を見出すか。
歴史が物語っているものもいっぱいある。

体の傷というものは目に見えるので気づきやすいけれど、
心の傷というものは、目で見ることが出来ないために
中々それと気づけないものですよね。
それが自分自身の心であったとしても・・・。
でも、心は何らかのサインを出している。
そこから目を背けずに見つめることが出来たら
きっと大切な何かを見出すことに繋がるのでしょう。
ただ、それには勇気が必要ですけどね^^;

楽に飛び越えることの出来る壁などなく、
歯を食いしばって、傷だらけになって・・・。
力を振り絞ってこそ乗り越えることができ、
また乗り越えた時の嬉しさもひとしおなのですよね☆

同じものを見ても、視点によって見える世界はまるで違う。
大きな視野で物事を捉えられるようにありたいものです^^

2007/06/12 (Tue) 22:21 | EDIT | REPLY |   

アンバサ  

いつもいつも、あおさんは難しいことを書いてくれます(笑)。
僕はよく分からないです。まだ。
自分以外の誰かの評価の中に、自分の存在価値を見つけようとする。
それもまた、幸せの一つのような気もしてます。
誰かに評価して欲しいものですよ。たぶん。
誰の中にも、僕の存在価値がなければ、きっと寂しい。
僕がいて、誰かがいる。
だから、一喜一憂する。
僕はいつもそんな感じです。
自分を受け容れるだけで心が晴れるほど強くないのか。
そもそも、そんな経験がまだ無いだけなのか。
『本当の幸せってどこにあるの?』
っていうのは、いつまで続くテーマなんでしょうね。
本当に幸せでいたい。
ついでに、誰かを幸せにできればもっと良し。

2007/06/12 (Tue) 22:47 | EDIT | REPLY |   

あお  

v-254アンバサさん

ブハw
難しい・・・よく言われます・・・(;´Д`A ```w

アンバサさんの仰ることも良くわかります^^
そこに幸せを見出すことはありますよね♪
でも、この世の中は諸行無常。
常に移り変わってゆくもの。
そこに幸せを見出そうとしても、それは一過性のもの。
もちろん誰かに評価してもらえるってことは
すっごい嬉しいよねっ!^^
私もそんな一言がとても励みになります。
ただ、人はそこにしがみついてしまいがち。
しがみついてしまうと、そこがなくなってしまった時
同時に自分の存在すらも見失ってしまうもののような気がします。

(・へ・;)うーーん・・・アンバサさんとは是非ゆっくり
語り合ってみたいですねっ!

人は自分を受け入れるだけでは足りないものですよね。
だからこそ、こんなに沢山の人が存在していて
その中からたった一人のパートナーを探すのでしょう。
誰かを幸せにすることが出来たら、自分は幸せになれますよね^^
そんな誰かに出会えるといいですね♪
私もそんな夢を持っていた時がありました^^;

2007/06/12 (Tue) 23:09 | EDIT | REPLY |   

aya  

こんばんは^-^

自分が自分を認められる%が大きくなるほど
人は見える物への物欲や、周りの人達に
うつる自分を気にすることはなくなっていくように
思います。
自分の中で自分の存在価値が認められずに悩むから
周りの人達の尺度で計ってもらった事を
受け止めようとするのかもしれないですね。。。
どの誰よりも自分が自分を認められた時の
喜びは何にも変えがたい幸せな想いを呼び起こす。

人の目にうつる自分がどうかと思うことは
社会の中で協調性をもち生きていくために
自分を振り返るという意味では良いことなのかも
しれませんけど^-^

自分の心の鏡をいつも凛とした曇りのない姿で
正しておくことは、ゆるぎない気持ちで
自分という人間を受け入れていなければ
なかなか澄んだ想いで人を見つめてあげることは
難しいのかもしれませんね。。。

鏡も磨けば磨くほど深い輝きを増し、使えば使うほど
曇りのない姿を映し出す。。
幸せを見つける為に、人の計った尺度を真似してみても
そこに、人の幸せを見ることはできても
自分の幸せは見つからないのかもしれないですね^--^*

私も幸せ探し、がんばらなきゃ^^





2007/06/13 (Wed) 02:04 | EDIT | REPLY |   

あお  

v-254ayaさん

おはようございますっ^^

本当にその通りだと思います。
自分で自分を認められないがために
他の評価の中に自分の価値を見出そうと
するのですよね。
自分自身がしっかりと自分を受け止め
認めることが出来たなら、他の評価は
もっと大きくなるためのアドバイス的な
受け止め方をするだろうね^^

だけど、曇りのない心を維持するということは
そう簡単なことではないですよね^^;
日々まだまだだなぁ・・・って痛感(>_<)
知らずに履き違えていることもあるだろうし、
自分のことながら見えてないところもあるだろうし、
ヽ(´ー`)ノ ふぅ~って感じで、
時々、落ち込んでしまったりね^^;
何もかも放り投げだしたくなったりねw

ayaさんは凛としたものを持ってらっしゃる方だと
常々感じています。
本当の幸せは何かをちゃんとご存知ですよね。
より揺るぎないものとするために、
これからも鏡磨き共に頑張りましょう!^^

2007/06/13 (Wed) 08:00 | EDIT | REPLY |   

ゆき  

タイトルの「共に歩こう」のことばだけで私とあおさんの距離がグンと近くになった気がします!

道に迷っても、疲れても、必ず手を引いてくれる友達が出てきます!
共にがんばろう!

2007/06/13 (Wed) 10:49 | EDIT | REPLY |   

相原咲羅  

人間は欲が深いですからね。
幸せとか、求めてしまうんですよね。

でも本当にそれが幸せか?
と問われたとき、
本当の答えが出せる人って
ごくわずかだと思います。

いろんな経験や苦労が、
本当の意味での幸せや存在価値を
生み出してくれるのだと思います。

2007/06/13 (Wed) 13:01 | EDIT | REPLY |   

あお  

v-254ゆきさん

(゜∇゜ ;)エッ!?
じゃあ今までは距離があったのね?(爆)

本当にねぇ・・・こういう話をすることが出来る場が
自分に与えられて良かったなぁと思います。
リアルではこういう話は引かれてしまうことが
多いですからね^^;
ただ、やっぱり身近にいてくれたらなぁとは思うかな。

2007/06/13 (Wed) 18:15 | EDIT | REPLY |   

あお  

v-254相原咲羅さん

咲羅さんって時々本当に中学生なの??って
思いますよ^^;
同じ年代で近くにいたら色んなことを
語り合っていたかも知れないね^^

人は幸せの中にいる時それに気づくことは難しく、
そうではなくなった時に気づくことが多いですよね。
その気づいた想いを大切に温めて生きてゆきたいですね^^

2007/06/13 (Wed) 18:19 | EDIT | REPLY |   

りんご  

路頭に迷っているときは本当に何に向かって歩いているのかさえ分からなくなる物ですよね。
波打つ水面を見ても真実は見えない。。
もがけばもがくほど見えなくなりますよね。

じっと見つめることをその時は忘れてしまっているから。

私も同じ内容の記事をいつか書きたいと思ってました。
いつになるか分からないけど書いたら見に来てくださいね♪

そして一緒に歩いてくださいね^^

2007/06/13 (Wed) 19:15 | EDIT | REPLY |   

あお’S  

v-254りんごさん

本当にね^^;
渦中にいる時は中々見えてこない。
というか、見る余裕がないのよね。
溺れかけた時ってめちゃめちゃもがくけど
それって返って良くなくて、下手をすると
助けに来てくれた人も巻き添えにしてしまったり・・・。
力を抜いて、水に身体を任せて浮いてみたら
助かる可能性も高くなるんだよね。

もちろん、見に行かせていただきますよっ!^^
りんごさんの言葉でりんごさんの心で書いた記事。
楽しみにしています♪

うん^^ ずっと一緒に歩いていこうね☆

2007/06/13 (Wed) 19:56 | EDIT | REPLY |   

アンバサ  

再登場します。
ほんと、ゆっくり話しをしてみたいものですね。
初対面のくせに、いきなり親しげに話しをしてしまいそうです。
どちらかというと、生意気なので・・・。
でも、あおさんと違って、ほんとに普通にサラリーマンですけどね。

2007/06/13 (Wed) 21:56 | EDIT | REPLY |   

あお  

v-254アンバサさん

何度でも登場してください♪
(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン
話しだしたら尽きないかもね?w
アンバサさんは、「どちらかというと生意気」なのね。
私は、「とっても生意気」ですわよ(爆)

(゜∇゜ ;)エッ!?w
私だってふつーの会社員ですわ♪
ただちょっとふつーより生意気でふつーより我侭で
ふつーより意地っ張りかもだけど(苦笑)

2007/06/14 (Thu) 00:43 | EDIT | REPLY |   

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