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By美和

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幸せになろう!^^

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By美和

続きです。

私自身幼い頃の母の記憶を持っていず、母という人に対しての
情報は、祖母や親戚から聞かされたものだけでした。
そして誰一人として母のことを良く言う人はいませんでした。
それどころか今までも何度か書いてきているように、
そんな母に似ているということを理由に
「お前を見ていると思い出して腹が立つ。」と
言われ続けて育ってきました。

小さい頃はそんな情報を鵜呑みにしていました。
そして、私は決して母のようにはなるまいと心に誓っていました。
母が出来なかったと言われていた家事も頑張りました。
「似ている」ということから脱出したかったのです。
それを理由に疎まれることが哀しくてたまらなかったから・・・。

それと同時に、家の中で愛されてないと思い込んでいた私は
唯一の心の拠り所として母の愛を求めていました。
どうして会いに来てくれないの?私のことはどうでもいいの?
もう忘れてしまったの・・・?寂しいよ・・・。

母に会った時、母が一番最初に口にした言葉は、
母の再婚先で生まれた娘と私がそっくりだということでした。
私はその母の一言で私の全てを否定されたと感じてしまったのです。
私の心の世界にずっといた母。
だけど母の世界には私はいなく、代わりに今の娘がいるんだ・・・。

それからは何を聞いても聞いてないのと同じでした。
本当に・・・今ならよくわかります。わかり過ぎるほど。

私の幼い頃の写真をずっと持ち続けていると言った母。
私がもっと歳を重ねた後に、会えるようになると言った母。
離婚の言い訳をせず、いつかわかるようになると言った母。
記憶が曖昧ですが、お風呂では背中を流してもらったような気がします・・・。

だけど、私はその言葉も態度も全て否定していました。
固く閉ざしてしまっていた私の心には母の心は届かず
私はただただ虚しさだけを感じていました。

私は何もわかっていなかった。わかろうとしていなかった。
そんな私の心を母も感じ取っていたはずです。
だけど母は私のことを信じてくれていた。
いつか仲良く会える日が来ると・・・。
いつかわかってくれる日が来ると・・・。

「会いたかった。」とは一言も言ってくれなかった母ですが、
幼い子供を置いていったという負い目からいえなかったのかも
知れません・・・。

幼い頃から、「愛されていない」「必要とされていない」という
想いと共に成長し、拒否されることが何よりも怖くてたまらなくて
『強さ』という名の鎧で自分を守り、そして自分を自分で縛り付けて
来ていました。

この数日、涙と共に私の心の中で溶けてゆくものがあります。
生まれてきてよかった・・・本当に良かった・・・。

『愛されるはずのない人間』『愛される資格のない人間』
ずっと心の底に巣食っているこの想いの呪縛。
そこから少しだけ私は抜け出せたように思います。
いつかこの想いを母に伝えたいと思います。
そして、「お母さん」と呼びたい・・・。
それが出来た時、私はもう1つ越えることができるでしょう。

私は今ようやく「幸せになりたい・・・。」という悲痛な心の願いではなく、
「幸せになろう!^^」とこの人生で初めて心から思うことが
出来るようになったような気がします・・・^^

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Comments - 10

響  

わたしはサ、女って一度自分のお腹にいた子は忘れられないと思うのね。

離婚にあたって、私達の母の世代って私達の代より
女性側の不利さはもっともっとだったと思う。
幼子を生かす道として選んだのが あおさんの育った環境なのでしょう。
確実にご飯が食べられるように。。

うらまれたり、憎まれたり・・というのも覚悟しただろうし
想定外だったにしろ、自分の責任として受け止めて精一杯耐えたものもあっただろうね。
自分が敵に回った状況の方が、あおさんが生家で過ごしやすくなる・・という配慮もあったのかもしれません。

お母様のとっての『検察側の証人』しか、今まであおさんの周りにいなかったのよね。
でも、やっと別の視点からのお母様が見えてきて、
今まで一生懸命フタをしていたあおさんの思いが溢れてくるんだろうね。

ここはやはり女同士ってやつなんだろうね。

ああ・・・あおさんにまた会いたくなるよ~♪
(銀河線復活祈願!中間地点は 川湯温泉かな?(笑

2008/02/28 (Thu) 20:23 | EDIT | REPLY |   

あお  

v-344響さん

おはようございます^^

>わたしはサ、女って一度自分のお腹にいた子は忘れられないと思うのね。

うん、そうだね。
今ならその想いはわかるようになったかな^^;
当時はまだ末娘を産んで間もない頃だったからね・・・。

>幼子を生かす道として選んだのが あおさんの育った環境なのでしょう。
確実にご飯が食べられるように。。

そうだったのだろうね。
多分母は涙を飲んで私達を置いていった。
だけど私は私達のことがいらないからって思ってしまった。
母に会った時に、「離婚する時は子供を置いていかないと
自分が幸せになれない。」と言った母の言葉でそれを確信して
しまったんだよね。

私の兄の母は、兄の下にいた3人の子ども達を
連れて出て行ってるんだよね。それに比べて、
「お前の母さんは冷たい人だった。」
幼い頃の私はそれをそのまま受け取ることしか
術を知らなかったもんな・・・^^;
私が良く『冷たい』という印象を持たれるのって
母譲りなのかもね・・・w

私も響さんに会いたいよ~っ!
今だと釧路で乗り換えになるよね。
川湯だと私の方が遥かに近いんじゃ・・・w
釧路なら行きなれてるからいいな~♪
釧路に温泉ってあったっけ・・・?

2008/02/29 (Fri) 08:13 | EDIT | REPLY |   

りんご  

響さんと同じく女が我が子を置いていくってのは相当の覚悟が必要ですよね。
でもそうしなきゃならない事情があったんでしょうね。
我が子のことを忘れる親はどこにもいないです。
例え替わりになる子がいたとしても替わりでしかないしその子から色んな想像をしてまたそれも苦しいことだと思う。

お母様はあおさんの仰るように言わなかったんじゃなくて言えなかったんじゃないかな。って私も思います。

>私は今ようやく「幸せになりたい・・・。」という悲痛な心の願いではなく、
「幸せになろう!^^」とこの人生で初めて心から思うことが
出来るようになったような気がします・・・^^

同じ『幸せ』でも感じ方、捉え方、全く違う幸せ。
「幸せになろう!」って思うこととっても大切な事ですよね。

そう思えたあおさん。良かったですね^^

2008/02/29 (Fri) 15:59 | EDIT | REPLY |   

あお  

v-344りんごさん

こんばんは^^

母は、一度会った時にしばらくはこうやって
会うことが出来ないって言ったんだよね。
それは、自分の娘が多感期だからという理由で。
親として当然の想いなのだろうけど、
私はやっぱり哀しかったですわ^^;
だから、私はもう会わなくてもいいと思ったし、
娘さんを大事にしてくださいって思ったな・・・。
義妹には私のような想いはして欲しくなかったしね。

>同じ『幸せ』でも感じ方、捉え方、全く違う幸せ。

(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪
ほんと幸せに対しての捉え方って千差万別。
足ることを知った上で向上してゆきたいものです^^

>そう思えたあおさん。良かったですね^^

うん、ありがとう(*´ェ`*)。。。

2008/02/29 (Fri) 18:33 | EDIT | REPLY |   

天花  

あおさん、生まれてきてくれてありがとうです。
私が落ち込んだ時、あんなに優しい手を差し伸べてくれたあおさん。
あおさんのお陰でどんなに救われた事か・・・
私にとって、あおさんは必要な人です。
わたしを愛してくれる、私が愛する人です。
「おかあさん」って呼んであげて下さい。
そう、呼べるあおさん、とっても素敵だと思います。


2008/02/29 (Fri) 21:14 | EDIT | REPLY |   

あお  

v-344天花さん

・゜゜・o(iДi)o・゜゜・。うぇぇん
天花さぁああああああん・・・。

ありがとう。本当にありがとう・・・です(涙)

うん、いつか必ず呼べるようになりたい。
とてもとても勇気の要る言葉だけど、
それを口に出すことが出来たら
私はまた少し変われるような気がしています。

2008/02/29 (Fri) 21:35 | EDIT | REPLY |   

ふみごん  

あおさん、こんばんは。

掃除のおばちゃん夫婦との出会いから、思いがけなくお母様のことを知ることができ、心からよかったな~と思いました。

お母様は、やっぱりあおさんを置いていってしまった後ろめたさもあり、会いたかったとも愛しているとも言えなかったのだろうなと私も思います。
そのあおさんに対する思いを末っ子のお子さんに思いっきりぶつけたんでしょうね。

そのことに、今気づけてよかったですね。

義理の妹さんには私と同じ思いはしてほしくないと言うあおさん。
なんてけなげで、美しい心を持った人なんだろうと思いました。

お母さんといつかゆっくり話せる日が来るといいですね。

2008/03/01 (Sat) 01:45 | EDIT | REPLY |   

あお  

v-344ふみごんさん

おはようございます^^

通しで読んでくださったのですね。
ありがとうです・・・^^

本当に縁とはすごいものだと思います。
そして、今、この時期だからこそ・・・。
調度多感期であった義妹達のことも含めて、
そっとしておいてあげたほうがいい時期を過ぎるまで
知ることのなかった事実ですものね・・・^^

気づけて本当に良かったです。
そして気づくことの出来た自分を褒めてあげたい♪
いつか会えたら・・・と思います。
もう孫もいるんだろうなぁ・・・^^

2008/03/01 (Sat) 10:58 | EDIT | REPLY |   

シエラ  

なんだか徳光和夫の気分。

会いたい人と会わせてくれる番組、ありましたよね。
あれで、島田紳介が「さあっ では登場していただきましょう!」
と言っているマイクの裏で、
「う・・・うっ・・・」
という徳さんの嗚咽が・・・・・・

もうこうなったらね、
会ってね、お互いに説明なしでね、

「おかあさーんッ!」
「あおーッ!」

もう、そこに言葉なんていらないですよ。

お母さんも、きっとずっとあおさんのことを心の中にとどめて、今までも今も暮らしておられることでしょう。

2008/03/01 (Sat) 13:58 | EDIT | REPLY |   

あお  

v-344シエラさん

(*´・ω・):;*.':;ブッ・・・w
えw 吹き出すところじゃない?w

徳さんって(妙に馴れ馴れしいw)
ほんと涙もろいっていうか人情味の溢れる人だよね^^
シエラさんもそうなんだろうなぁ。
本人たちよりも号泣していそう・・・w

私は以前に彼に言われたことがあるように、
「無表情女」なんですわ^^;
なんつーか・・・誰かの前で感情的に取り乱すってことが
出来ない人なんだよね。
そしてこれって母もそうだと思う。

シエラさんが書いてくれたようなことを
互いに出来たとしたら、きっと心の中の大きなタガが
外れるんだろうな・・・^^

2008/03/01 (Sat) 18:27 | EDIT | REPLY |   

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